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東京高等裁判所 昭和42年(う)1222号 判決 1967年8月30日

主文

原判決中被告人片野和侑に関する部分を破棄する。

被告人片野和侑を懲役一年に処する。

被告人有賀宏一の本件控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、被告人有賀の弁護人田中豊吉、同戸田宗孝名義の各控訴趣意書および被告人片野の弁護人鈴木滋名義の控訴趣意書に記載のとおりであるから、いずれも、ここに引用する。

田中弁護人の控訴趣意第一点並びに同弁護人の控訴趣意第二点および戸田弁護人の控訴趣意のうち各事実誤認を主張する論旨について

所論は、まず、被告人有賀に本件監禁の犯意がなく、被告人片野と共謀の事実もなく、また監禁の事実もないと主張するので按ずるに、原判決挙示の各証拠、とくに、≪証拠省略≫によれば、被告人らは、原判示のバー「輪」において飲酒中、同店のホステス○○子を食事に誘ったが断られ、たまたま雨が降っていたので、同女が傘をさして附近路上まで被告人らを送り出すや、同所において再び執拗に同女を誘ったが断られ、同女が店に帰りかけたので、被告人片野は「おれが話しをつけてくる」旨言い残して同女を追い、口実を設けてつれ戻し、雨を避けるため、附近に駐車しておいた原判示貨物自動車の運転台に乗車させて自らも乗車し、「車は絶対に動かさない」等と言いながらエンジン・キーを同女に渡して安心させておき、そこに被告人有賀も姿を現して乗車するや、同被告人は、たばこの火をつけたいと言って同女から右キーを取り戻して自動車のエンジンをかけ、右自動車を発車させようとしたので、驚いた同女が「おろしてくれ」と懇願したが、被告人らはこれを聞きいれず、被告人有賀は、かえって自動車の速度を増して疾走させ、その後も、同女が「車を停めてくれ」とか「おろしてくれ」と頼み、あるいは、自ら運転台のドアを開けて飛びおりようとし、対向車を見かけてはハンドルに手をのばして自らクラクションを鳴らし、あるいは大声をあげる等して救いを求め、「トイレに行きたい」等と口実を設け、ついには、運転台のドアから路上に物を投げ、脚を投げだして他の車両に危難を告げようとする等、種々方策を尽して脱出を企てたが、被告人らは全くこれに耳を藉さず、発車後間もなく同女を両側からはさむように位置を換えさせ、前記のごとく脱出を図るやこれを引き戻し、ドアを押える等しながら、減速もせず、原判示のごとく、横浜市鶴見区北寺尾町一、五四八番地先路上まで自動車を時速約六〇キロの高速で運転疾走させ、その間、同女をして、その意に反し、右自動車内からの脱出を不能ないし著しく困難ならしめたものであることが認められるのであり、以上の事実とその経過によれば、たとえ被告人有賀において、自動車に乗車したさいには所論のごとく被告人片野が同女に同行を納得させたものと誤解する余地があったとしても、少なくとも、原判示のごとく、自動車を発車させるさい、およびその後においては、同女が明らかに同行を拒否している態度を現認しながら、あえて自動車を発車、疾走させたもの、すなわち、被告人らに本件監禁の犯意があったものと認めるに十分であり、被告人らは右犯意を通じ、共同して同女の脱出を不能または著しく困難にし、とくに被告人有賀は、本件監禁の実行行為としてはその最も根幹をなす自動車の疾走運転そのものを実行したものであり、同被告人が監禁の実行をなしたこともまた極めて明白である。そして、○○子が当初から被告人らと同行することを拒否し、被告人らにおいてこれを認識しながら原判示の区間自動車を疾走させて運転したことが前認定のとおりである以上、右区間の距離、所要時間、交差点、信号等道路の状況、交番、消防署、食堂等の状況およびパトロール、カーその他の車両の交通の状況が所論のとおりであり、また、同女が「おろしてくれ」と騒ぎ、運転台のドアから脱出を企て始めた地点、および、脱出しようとするのを引きとめたのは同女の危険を防止するつもりであったことがいずれも所論のとおりであったとしても、被告人らの犯意並びに犯罪の成否に消長をきたすいわれはなく、いわんや、同女が「おろしてくれ」と騒ぎ、ドアから脱出を企図し始めた地点は、前認定のとおり、殆んど発車直後からのことであり、この点に関する被告人らの弁解は到底措信できない。もっとも、同女に対する前記証人尋問調書中には、「当初はトラブルがなかった」旨の証言も存することは所論のとおりであるが、右は、単に、その後における激しい脱出の企図との比較において、発車当初は、穏かに「おろしてくれ」と懇願したものである旨を証言した趣旨に過ぎず、これをもって、同女が、当初は同行を拒否しなかったとか、あるいは、騒ぎ始めたのは停車直前、少なくとも国道一号線に達してからである等、同女の証言を所論の趣旨に解する根拠とはなしがたい。危険防止のために同女の脱出を引きとめたなどとは、前記のごとく本件監禁行為の根幹が自動車を疾走させることそのものであることに目を覆う全くの弁解に過ぎず、かかる危険の防止は、自動車を停止させることによってたやすくなしうることである。

つぎに所論は、被告人らの監禁行為と○○子の傷害との間には因果関係がないと主張するので按ずるに、前記各証拠によれば、○○子は、前認定のとおり、被告人らの自動車に監禁され、種々方策を尽して脱出を試みるうち、原判示場所において自動車が停車しようとして徐行したので(所論のごとく完全に停車した後であっても、後記結論を異にするものではない。)、一刻も早く被告人らの拘束を免れて危難を回避すべく、運転台のドアを開けて路上に飛びおり、同所に至るまでの恐怖と狼狽の余り、夢中ではだしのまま駈け出し、原判示国道上を約八〇メートル引き返したうえ、さらに斜めに同国道を横切り逃走中、折から進行してきた平良良和運転の普通乗用自動車を避けえず、これと衝突して原判示のごとき傷害を負うに至ったものであることが認められ、これによれば、同女の傷害は、被告人らの監禁行為の継続中、監禁行為そのものによって生じたものでないことは所論のとおりであるが、刑法第二二一条の監禁致傷罪は、所論のごとき場合に限らず、本件被害者のごとく、監禁状態から完全に離脱すべく自ら逃走するにさいして生じた場合にも成立するものと解すべく、本件傷害が結局被告人らの監禁行為によるものと認むべきことは最高裁判所の判例(昭和二五年一一月九日第一小法廷・判例集第四巻第一一号二、二三九頁)の趣旨に照して明らかである。

所論に徴して記録を精査するも、以上説示するところと同旨に出た原判決に所論のような事実誤認の疑いは毫も存しない。論旨は、いずれも、その理由がない。

田中弁護人の控訴趣意第二点、戸田弁護人および鈴木弁護人の各控訴趣意について

各所論は、いずれも原判決の量刑不当を主張するので、所論に徴して按ずるに(なお、田中弁護人および戸田弁護人の論旨の前提として主張する事実誤認の論旨は、前段説示のとおり、いずれも理由がない。)、本件事犯の罪質、態様とくに犯行時間が深夜であること、監禁の手段が自動車の疾走であること、被害者が車内において激しく脱出を図っていること等、被害者に与えた精神的肉体的打撃と影響等諸般の情状に照せば、たとえ、被告人らには他の犯罪目的があったわけではなく、酔客とバーのホステスという気安さがあったにせよ、また、被害者に負わせた傷害の直接の原因が、前認定のとおり、他の通行車両による衝突であったにせよ、その犯情は甚だ悪質といわざるをえない。田中、戸田両弁護人の所論中には、本件自動車が走行した区間の交番、消防署等の存在、パトロールカーその他の車両の交通状況等道路およびその周辺の状況を挙げ、かかる状況からして、被害者は当初から騒いだわけではないと主張する(その理由のないことは前段説示のとおり。)とともに、もし騒いだとすれば容易に他から発見され、被害者の脱出も可能であった筈であるから違法性は微弱であると主張する点も存するが、かかる道路、交通状況は、被告人片野においてすら、気づかなかった旨公判廷において供述する程であり、かりに被害者が気づいていたとしても、被告人らの自動車が疾走している以上、同車両からの脱出を期待するなどというは全く不能を強いるにひとしく、「被害者は、十数分間、希望しないドライブをつき合わされる不愉快さを味ったに過ぎない」旨の所論とともに、独自の見解というほかはない。されば、被告人有賀については、被害者と示談の点、家庭の事情等、各所論中同被告人のために参酌すべき点を考慮に容れても、原判決の量刑が不当に重いものとは認められず、同被告人に関する論旨はいずれも理由がない。しかし、被告人片野については、原判示のとおり、同被告人が口実を設けて被害者をつれ戻し、自動車に乗車させたがために、被告人有賀としても本件犯行に着手しえたものではあるが、原判示のバー「輪」に赴いたいきさつ、被害者を食事に誘いだすに至った当初のいきさつ、自動車を発車、疾走させた状況、被害者が負傷したさいの措置等、犯行の前後を通じて観れば、被告人有賀に比し、犯情にいささか軽重の差を認むべく、その他、被告人有賀と異り、前科その他の非行歴のないこと、当時少年であったこと等一切の事情を彼此対比して勘案し、かつ、原判決後、被害者に対して金一二万円を提供することで示談が成立し(うち五万円は支払いずみ。)ている等の諸事情に照らせば、原判決の量刑は重きに過ぎるものといわざるをえず、原判決中被告人片野に関する部分は破棄を免れない。

よって、被告人有賀に関する控訴はその理由がないので、刑事訴訟法第三九六条に則りこれを棄却し、被告人片野に関する控訴はその理由があるので、同法第三九七条第三八一条によって原判決中同被告人に関する部分を破棄し、同法第四〇〇条但書により、当裁判所においてただちに判決する。

原判決が被告人片野について適法に認定した事実を法律に照らせば、右は刑法第二二一条第二二〇条第一項第六〇条に該当するところ、同法第一〇条により、傷害の罪と比較し、同法第二〇四条の刑を重しとするので同条の罪の刑に従って処断すべく、所定刑期の範囲内において同被告人を懲役一年に処し、原審における訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但書により同被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 三宅富士郎 判事 石田一郎 金隆史)

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